20201012

 昨日は ばんごはんに めったにしない 天ぷらを作った。あげものは自体は、油の飛び散りは気にせず、家でもする。とんかつ、から揚げ、チキン南蛮、買ってきたコロッケ、ミンチカツなど。けれど 天ぷらは 衣の加減が むつかしいのと 向いている食材が分からず なかなか 手を出さずにいた。特に 良い食材があったわけでもないけど、昨日は えびとしいたけとピーマンと玉ねぎを 揚げた。
 すると 夫が「出汁、あったっけ?」と聞いてきたので、(ああ、そうだ、ここのお宅は 天つゆで食べるんだった)と 思い出した。夫の実家は 天ぷらの食材が手に入りやすかったので、多分 天ぷらは ひんぱんだったと思う。
 めったに作らないものを作ったりすると いつもは全然意識していなかったことに 気がつく。結婚して20年以上 経っても 育った家、環境は、それぞれの場所 なんだなあ と。
 うちの台所は、わたし自身が、適当において、どこにやったかなあって探す感じなので、出汁のあるなしは、聞いてもらわない と わからない、わたしひとりが使う仕様 に している。

 昨日は、note のサークルの時に観ていた動画をもう一度 観てみた。前に聴いた時よりも、単語、用語への理解進んだので、一旦停止をせず 通して観ても 頭の中に絵が描けるようになった。(ような気がしている)
 歳を取ったら、新しいことを勉強しなさいと、言うのを きく。聴く、話す、が一緒になってる、語学が向いているとも。そういうのは 耳で聴いただけでわかるようになってきた、とか、そういうのが 理由なのかな と思う。(わたしの勉強していることは、語学ではないけれど。)

 持ち始めて 何年になるのかな・・次に 新しいものにする時も、スマホという選択なんだろうな。ものとしては まだ 大丈夫なんだけど、次に選ぶ時までに、元に戻ればいいなあ、なんても 思ってて。父が なかなか 二つ折りの携帯から移行してくれなかった、その気持ちがわかるようにも なってきた。
 活発に動かなくていい年齢っていうのは、そういう気持ちになるのかな。
 あの頃の音楽的な感じで、自分の良かったと思っているものが 身の回りにある 生活が送れると らく だけど、時代に沿わないと、かかるものが ございますからなあ・・。

 昨日の入眠後は、いつも夜中に目が覚める時間も、寝ていて、夢をみたのかは覚えていない。

20201012